えがみさんのこと #本棚の中のニッポン
- 作者: 江上敏哲
- 出版社/メーカー: 笠間書院
- 発売日: 2012/05/30
- メディア: 単行本
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江上敏哲さんの『本棚の中のニッポン』が2012年5月末に上梓されてからはや3か月(進呈ありがとうございました><),そろそろほとぼりが覚めたころかなということで書いてみます.レビューではなく,この本を改めて読みながらどんなことを考えたかということの記録です.このイライラした気持ちを忘れるな自分って感じで.
本書は30代後半の京都が大好きなライブラリアンが書いた,“情報発信”に関する本です.サブタイトルには日本図書館とありますし,内容もそのようになっていますが,メインテーマはあくまでそこにある[*1].
本書で言えば、日本資料・日本情報を必要としているユーザはどこにいるのか、どのような問題を抱え、何を求めているのか。多くのユーザの手の届く範囲、“いつもの場所”、メインストリームはどこにあるのか。そして資料・情報が発信され相手に届けられた結果、次にそのユーザは何をするのか。何が起こり、何が生まれ、相手に、我々に、社会や世界全体にどのような変化・影響がもたらされることになるのか。あるいは、どう変化・影響させたいと、わたしたちは願うのか。(p.261)
そもそも「情報発信」って何だ、という疑問が常に頭を離れませんでした。情報発信とは、「情報を発信すること」そのものだろうか。いや、そうじゃない。自分がいて、相手がいて、それぞれに事情や背景、周辺の存在や環境があって、その全体世界の中で、資料・情報がある場所からある場所へ伝わり、それによって何かが変わる、うまれる。変えたい、うまれてほしいと願う。そのトータルが情報発信だろうと。(p.283)
太字にした部分,とてもよく分かります.届け,届け,何か起これ,と思いながらいつも仕事をしています.
ライブラリアンの仕事というのは情報の収集と発信,あるいは情報環境のデザインなのだろうと理解しています.その意味で本書はどストレートに図書館に関する本なのだと受け止めました.いってみれば図書館学概論,みたいな.そんなわけで読み手に応じて多様な読み方のできる内容なのでしょう.
それを自分はどう読んだか.キャリアパスの題材として読みました.自分の働いてきた5年あまりの歳月を振り返りつつ,焦りを覚えながら.
江上さんは“先輩”です.とはいえ残念ながら一緒に働いた経験は皆無なのですよね…….
僕が就職した年,江上さんは34歳で,ハーバードにいました.国立大学図書館協会の派遣事業でハーバード大学イェンチン図書館にvisiting librarianとして1年間滞在するプログラム.当時の僕はイェンチンの歴史も業界内での位置づけもまったく知りませんでした.それどころかハーバードに対する印象も「アメリカの有名大学のひとつ」くらいだったかもしれません.
江上さんはずーっとブログをやってはったので,ハーバード行きにアプライするという件は就職する前に読んで知っていました.海外研修の成果について帰国後に報告するのではなく現地からリアルタイムにブログ[*2]で発信するという企画を提案したという内容だったかと思います.いまとなってはむしろ言われなくても勝手にTwitterでバンバン流すよって感じで珍しくないことかもしれませんが,当時は「おおっ」と新鮮な驚きがありました.そのエントリにはたしか「あたしらWeb2.0世代なんだから」みたいな一文があって,ふぅん,このひとそっち系の人なんだと受け止めたのを覚えています.既に働いていた同期からは「江上さんは一度見たら忘れないと思うよ」とも言われていたのでした.
そんなこんなで江上さんと初めてお会いしたのは2007年の夏になります.阪大で開かれたシンポジウムで,一時帰国されたところにお会いできたのでした.やや緊張しながら「部署的には何代かあとの後輩に当たります」などと自己紹介をしつつも,あー,このひと絶対僕のこと覚えないわという手応えのなさを感じたのを覚えています.で,2度目の対面が帰国された後,僕が2008年3月にku-librarians勉強会でWeb APIについて発表したときですね.このときにはきちんと名前と顔を覚えてもらえた,ということにしています.
江上さんが帰国されてそのまま日文研に出向となったとき,え,そんなとこに行かされるんだ,なんかもったいないなあなどと失礼なことを思ったことを告白します.当時は,江上さんの興味・関心と,日文研という研究機関の特色と,その両方をまったく分かっていなかったということですね.日文研で3年間勤務されたあと,江上さんが転籍して京大を去っていったことは本当に素晴らしいことだと思っています.(人事の難しさなどなにひとつ分かってない人間の印象に過ぎませんが)そのひとの興味関心に沿った異動がなされた感じることはほとんどないと感じるなか,この人事に関しては全力拍手で褒め称えたいです.よくやった,両方とも,と.江上さんの大学・大学院時代の専攻である国文学がそのまま生きるようなポジションに就けているというのはちょっとずるいくらい羨ましいです.
そんな江上さんには,Twitterとか勉強会とかで仲良くしていただいて,いつも疲れるくらいの刺激をいただいてます.彼は,情報の発信や効果的な魅せ方,自分を売り込むということに対してとても意識的・意欲的な方です.そして新しいことにどんどん取り組んでいく.本書のプロモーション活動もすごかったですねぇ…….ご本人に会うとそんなガツガツしたオーラは薄そうな,どちらかというと女性的な性質のひとに見えるのですけどね.
……話題を変えます.“海外”と自分との関わりについて.
ちょっと時間が遡りますが,江上さんが日文研に出向されてるころに僕は海外ILLの仕事を担当していました.依頼・受付あわせて年間で600件くらいだったかな,海外ILLに関する業務をしない日はほとんどないというくらいの量でした.比較的豊富な経験を積ませてもらったと思っています.まあ,本書にも登場する早稲田の無双っぷりには負けますけれども[*3].さておき,江上さんも海外ILLを担当されていて,いろいろ情報を交換したりして,場所は違えど同じ仕事ができて嬉しいなぁと感じたりしていました.……で,この1年半のあいだでずいぶんと“海外”を身近に感じるようになったと思います.本書で登場する単語にだいたいなじみがあるのはそのおかげ.
就職した当初から,あるいはその前から,海外の情報はぼちぼち拾っていました.特に就職活動のときには「勤務経験がないのだから知識では現職者に負けないように」と考えていましたし.とはいうものの,海外の図書館というものがくっきりとした輪郭を持って見えてくるようになり,その手触りが多少なりとも感じられるようになってくるには,就職してからまだまだしばらく時間が必要でした.
最初のきっかけは,就職1年目に海外製図書館システムのことを調査していたことだったかな,と.もともとがシステムの仕事をしたくて図書館員になったので,これはとても楽しいプロジェクトでした.早稲田や慶應に視察に行きました.Ex Libris社にデモに来ていただいたりもしました.このころから海外の(まだ翻訳されてない)情報を日々チェックするという習慣がついてきたと記憶しています.
就職2年目には中国の上海・北京の図書館の調査に行きました[*4].いろいろ刺激的なものも見てきましたが,海外の図書館に行ったことそれ自体よりもむしろ,訪問先を含めてその国の図書館のことを知るために事前にがっつりリサーチする経験をしたのが大きかったと感じています.あ,図書館総合展で紀伊国屋さんの打ち上げに混ぜていただいてOCLCの坂口泉さんにお会いできたのもこの年でしたか.お話したかったのでほんとラッキーでした.「どうやってOCLCに入ったんですか」などといろいろお聞きしたのが懐かしいです.
3〜4年目には先に書いたように海外ILL担当になって,毎日のように海外の図書館のサイトを見たり,いろんなシステムで依頼したり,ときにはメールで込み入ったやり取りをしたり.北米の大学図書館とILLをするためのしくみである「グローバルILLフレームワーク」は,本書でも言及があるように北米日本研究資料調整協議会(NCC)が支えており,そこでは現地で働いている日本人ライブラリアンが登場します.そういった人たちの名前を日常的に目にしつつ,江上さんの影響でCEALやEAJRSなどの組織に対する心理的距離感も縮まっていきました.
で,5年目以降の現在の担当業務はごくふつうの意味において情報収集と情報発信です.国内外の図書館関連情報を追っかける毎日.そんな自分の仕事については,水槽のなかに手を突っ込んでかき混ぜるというようなイメージを持っています.ぐるぐると撹拌して,見えなかったものを浮かび上がらせる.流れを作る.そんな装置のような.本書では情報発信において情報を「メインストリーム」に乗せることの重要さについて強く主張されていますが,いまの担当サービスは国内におけるメインストリームのひとつと言えるはず.そんな“パワー”をうまく使いこなして国内の情報流通を活性化させることがひとつの課題です.もうひとつの課題は海外への情報発信.その際には別のさらに大きなメインストリームに乗せることも必要になってくるでしょう.これらのテーマを意識しつつこの1年半で公私含めて自分なりにいろいろとやってきました.
そんなふうに振り返ってみると,別にそれを望んできたわけではありませんが自分は海外と関わった仕事を比較的多くしてきているような気になります.他のひとと比べたことはないのでよく分かりませんが.どうなんだろ.まぁ,その過多はともかく,“海外とつながる”という仕事はとても面白いなと感じているのはじじつです.
僕は,
Q. お仕事のどのようなところが好きですか。
A. 自分が帰属するコミュニティに対し、優れた知見を生み出し、また、コミュニティ構成員とコラボレートすることによって、全力で貢献することが許される点です。
という渡辺さんのことばがめちゃくちゃ気に入っていて,たしかに他機関との協力が全力で許されるという点はこの業界のとても良いところだと感じています[*5].海外の機関とも“図書館”というキーワードだけでどんどんつながっていくことができる.図書館協力という仕事は楽しいです.もしかしたら自分に向いているのかもしれないと思いそうになることもあります.どうしてでしょうね.まだうまくことばにできていないのですが…….
さて.キャリアパスの話でした.
江上さんが初めてEAJRSに行ったのはいまの自分と同じくらいの歳だったと書いてありました(p.88).その前後からの絶え間ない蓄積がいまの江上さんの“姿”につながっているのだと思います.
じゃあ自分はこれからなにができるか.10年後にどうありたいのか.次のポジション,そして今後のことについて思いをめぐらせていると気持ちが沈んでくるのであんまり考えたくないというのが正直なところです.つい,考えてしまいますけどね.いまの自分には江上さんの「日本研究図書館の司書」のような明確なポジショニングはできていない.追い続けるテーマがあるかという意味でも,人事に左右されにくい居場所を確保できていないという意味でも.これからどうなるんだろう.ちゃんとやっていけるのだろうか.大きく道を変えたほうがいいんじゃないか.イライラしたり,泣きそうになったり.希望のプランはいくつか用意しているけれどそのとおりいくもんでもないでしょう.
いまの自分に使える武器はたぶん“速さ”しかない.自分にもいつかチャンスがまわってくると信じて全力で走るのか.でもどこへ? いつまで?
……答えは出ません.そんなこんなで本書は自分にとってけっして穏やかな気持ちで読めるものではないのでした.きっとこれからも,思い出すために読んでいく.