学術情報セミナー2014 in 福岡「学術情報の現在・過去・未来」

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先週九大で開催されたイベントの、逐次記録ではなくかいつまんだメモです。なお、今回は例年とは異なり「教材」がテーマに入っているのが新しいところ。とはいえ自分にとっては鹿児島大学の北山さんの事例報告がいちばんためになったのですが。

講演1:学術情報流通の課題と展望〜オープンアクセスと大学図書館

NIIの尾城さん。テーマは「大学図書館はOAジャーナルにはどう向き合っていけばいいのか?」というもので、もちろん話題はAPC

まずは海外と日本におけるOAジャーナルの情勢をまとめていく。増加傾向にあるOAジャーナルは、DOAJによると現在1万弱タイトルが存在している。それにともない悪徳OA出版社の問題も浮上している(後述する『調査』では1割強の研究者が悪徳OAジャーナルに投稿していたという結果が出た)。日本では2012年に支払ったAPCの総額が8億円という見積もりがあったり、2013年にBioMed Centralに2.3億円支払ったというデータがあったり。このように、冊子体→電子ジャーナル→電子ジャーナル(パッケージ)→OAジャーナルへと移り変わっていくにつれ、大学図書館の雑誌関連業務はしだいに変容していっている。OAジャーナルの時代には契約や製本、提供の仕事がなくなり、APC管理という新たな仕事が登場するかも(そして残るのはそれだけかも)。先日発表されたSPARC Japanの『オープンアクセスジャーナルによる論文公表に関する調査』の結果についても詳しく紹介。

尾城さんの講演では特に最後の「大学図書館とOAジャーナル」というくだりが刺激的だった。そこでは、

OAジャーナルの問題 それに対して図書館ができること
ジャーナルの品質 研究者に対して質の高いOAジャーナルの情報を提供する
高額なAPC(特にハイブリッドOA) APCの値上がりを抑える交渉
APC支払額を把握してるのは出版社だけ APCの支払いを一元管理
二重払い(Double Dipping) APCの支払額を購読料から減額させる

と問題を整理しつつ、対応を提案。このようにOAジャーナルへの論文発表に関する発信支援を行っていくことがJUSTICEの新たなミッションだと述べる。締めのメッセージは「学外情報の受信から、学内情報の発信へ」というコペルニクス的転換が求められるというものだった。これまでは紙と電子のハイブリッドライブラリーと言われてきたが、今後は受信と発信のハイブリッドライブラリーになると言ったほうがいいのではという指摘は初めて耳にするものだった。

雑誌がOAになるにつれて図書館の仕事がなくなると言われているものの、APCに対して積極的に取り組むことで新たな役割が生まれてくる。なんか、他人事のような感想だけど、よくできたはなしだなあと思ってしまった。


講演2:教員と図書館でつくる教材とその活用(仮)

千葉大学ALCの長丁先生から、5月に発足した大学学習資源コンソーシアム(CLR)の概要について。

CLRでは出版社交渉を積み重ね、CLRポータルという許諾著作物の利用条件データベースを構築していく。教員は、教材を作成するときにその素材がどういった条件で利用できるのか、CLRポータルをチェックして調べるというのが基本的な流れかな。その教材はCLR参加大学のメンバーしかダウンロードできないように管理する必要があり、そこではGakuninを活用する予定らしい。

CLRポータルにはAPIを用意してもらってディスカバリーサービスなりOPACなりから利用するのもいいかな、と思ったりした。

そもそも自分は基本的な前提を押さえてなかったんだけど、書籍を教科書として指定している授業が減少しているというような背景があるらしい。東大本郷で20%、千葉大で35%という数字が紹介されていた(うろ覚え)。最近は教員による自作教材(さまざまな著作物を集めてPDFにしたコースパックなど)が増加しており、著作権法第35条上、扱いが微妙になってしまっている。このあたりの問題を解決したいというのがCLRのモチベーションなんだなあ。この点を教えてもらったのが一番ありがたかった。

鹿児島大学の北山さんから「CLRの交渉相手に国外(ジャーナル)出版社が入ってくると、JUSTICEと役割が重なってくるのでは?」というナイスな質問が出て、尾城さんが「当面は関係ないが、ゆくゆくはオーバーラップする可能性はある」というような回答があった。


講演3:ICTを活用した電子教材の開発と公開

九州大学附属図書館付設教材開発センター(ICER)の安西先生と金子先生から、その概要と、現在製作中のMOOCコンテンツについて紹介。

まず、こういう教材系の組織が図書館にあるというのがユニーク、というか慧眼。ICERのメンバーは事務方あわせて16名で、うち5名がテクニカルスタッフ。電子教材やアプリの開発や、YouTube/iTunes U/OCWでの動画公開だけじゃなく、電子教材に関する著作権講習会の開催やハンドブックの作成もやっているのは特徴的だと思う。

豊富なテクニカルスタッフを生かして、東大や京大とは違い、学内スタジオでMOOCを内製しているというのがウリみたい。


セッション1:学術情報のトレンドと最新情報

休憩を挟んで各出版社からプレゼン。

IOP

小山内さん。IOP電子ブックコレクションについて。有名著者によるボーンデジタルコンテンツ。HTML/PDF/EPUB3、DRMなし(コースパックへの利用も可能)。2014年は専門家向け10タイトル(1500ポンド)、一般読者向け25タイトル(1875ポンド)が刊行予定。セットで3038ポンド。個人向けにはKindle販売あり。MARCレコード提供のほか、4大ウェブスケールディスカバリーにも対応予定(Primo Centralだけ全文検索について言及されていた)。

OUP

大池さん。Oxford BibliographiesとOxford Research Encyclopediasの紹介。前者は主に文系の解説付き文献リスト。後者は昨年スタートしたボーンデジタルの百科事典。内容は毎月更新。現在は1つの分野(Social Work=社会福祉分野)のみ提供中で、今後20分野へと拡大していく。各分野、コンテンツが最初に搭載されてから2年間は無料でアクセスできるというモデルが面白いなあと。

Springer

大原さん。SpringerOpen(OAの電子書籍)、SpringerBriefs(薄いブックレット型電子書籍)、MyCopy(電子書籍の簡易製本版を安価に)、Springer Book Archives(完了)、Springer SmartBooks(ドイツ語の教科書をデジタル化)の紹介。最後のは知らなかった。日本人研究者に対するアンケート調査をまとめたeブック白書についても。

Nature

大橋さん。Scientific DataとNature Plants(2015年1月創刊予定)の紹介。Scientific Dataはデータセットそのものじゃなく、データセットの記述を掲載するOAジャーナル。「Data Descriptor」という新しい論文形式らしい(よく分かってない)。同誌に投稿する際は、事前に1次データをfigshareやDRYADなどにポストしておく必要があるらしい。

気になったのはScientific Dataでは1次データにDOIを振るのかどうかという点。あとでいくつかのコンテンツを見てみたところ、あくまでNature側ではDOIを記述に対して振っていて、データセットについてはfigshare側で振られているようだった。こういうとき、研究者としてはどっちを引用すべきななんだろうか。Scientific Dataの記述を参照すれば、そこから1次データにはリンクされているのでOK。けれどデータそのものを引用するのが自然なので、figshareのほうにScientific Dataへのリンクを貼っておくべきなんだろうなあ。

Wiley

岩崎さん。Wiley Online Libraryの新機能Anywhere Articleについて紹介。要はモバイルに最適化されたHTML論文表示。著者所属は著者名をクリックすると表示されるというUIがいいなあと思った。(あとでお話してみて、この方がおひとりで有名ブログ「ワイリー・サイエンスカフェ」を書いてはると知った!すげえ!)

Karger

川添さん。Karger Editorial Division Asia(編集チーム)の発足、Karger Open Access、2015年にOAメガジャーナルを創刊予定、Karger Online Academyの紹介。


One ProQuest―75年のあゆみとこれから

武智さんから75年の歴史を紹介。いろいろM&Aを繰り返してきてるんだな……。ブランドがわかりづらいとよく言われるので改善中らしい。ProQuest Labsというサイトが最近できたそうだ(完全に見逃してた)。


e-Port Update

サンメディア・大和田さん。Article Directというドキュメントデリバリーサービスの紹介。PDFのダウンロード用URLをメール送付(保存・転送は禁止、印刷はOK?)。最短30分、通常2時間。具体的な値段がなくて分からなかったけど、出版社のPPVよりは安いのかなあ? (PierOnlineのはなしは、なかった。)


セッション2:ディスカバリーサービスの未来を読み解く〜Summonの導入事例から〜

サンメディア・長谷川さん

ディスカバリーサービスの現在・過去・未来」というお題。Summonを初めてセミナーで取り上げたのは2009年で、そのときは「Welcome to the Dream.」というフレーズが使われていた。上がり続ける資料費と、利用者に認識される図書館の価値のギャップ(value gap)を解決するためのソリューションとして紹介されたという。

九大のウェブサイトをデモに使って「これ(Summon)を検索するしかないくらいの感じになっています」とおっしゃるのがなんだか面白かった。ディスカバリーサービスは明確なリサーチクエスチョンが成立する前のもっとあやふやな段階で使うものだという指摘は、続く北山さんの事例報告につながる。

新360 LINKについてもちょろっと紹介。中間窓がサイドバー化して、OpenURLだけではなく1:1のリンクを使う、という説明の仕方だった。

鹿児島大学・北山さん

いや、ほんと、おもろいプレゼンでw 南国にこんな芸達者な方ががいらっしゃるとは……。ディスカバリーサービスについて前向きに、希望を持って話されている姿がとても印象強くて、自分ももうちょっと頑張ろうと思った。発表用スライドが配布されなかったのが残念。。

鹿児島大学ではeXtensible Catalog(XC)とSummon(7月に2.0にアップデート)をダブルで使っている。XCで「観光業」と検索してみるとノーヒットで、Summonでは蔵書が(つまりXCにも含まれているものが)いくつかヒットする、という例はSummonの可能性のひとつとして面白かった。メタデータのみというシチュエーションだろうし、単に検索アルゴリズムの違いによるのだろうか。

特に最後らへんの「ディスカバリーサービスに対する質感のズレ」というくだりにはなるほどと唸られた。まわりの図書館員の意見を聞いてみると違和感を覚えるというはなしで。それを聞きながら、ディスカバリーサービスは資料や情報を発見するためのものではなくて、利用者が自分のぼんやりとした疑問を明確化していくためのツールなんじゃないかなどと考えていた(あとで北山さんにメールしたら「それってレファレンスサービスですね」と。たしかに)。前述の長谷川さんのコメントを受ければ、ディスカバリーサービスを使って発見するものは「リサーチクエスチョン」なのかもなあ、なんて。