東邦大学がElsevierのビッグディールを切ってコストダウンに成功した事例

薬学図書館』の57巻1号(2012年)に,東邦大学メディアセンターの吉田杏子さんによる「東邦大学における外国雑誌価格高騰への対応」という事例報告が掲載されていました.タイトルだけでも惹かれるものがありますが,内容もとても面白かったのでご紹介したいと思います.

なお,僕は電子ジャーナル(EJ)の契約実務には携わったことはなくて,リンクリゾルバや電子情報資源管理システム(ERMS)への関心などなどからそのへんの人よりは多少知識があるかもしれないという程度の人間です.

論文のポイント

  1. 東邦大学では,2002年からElsevierの「フリーダムコレクション」を契約しているが,毎年の値上がりによって2006年には契約額が当初のほぼ倍になっていた.
  2. そこで,2008年にフリーダムコレクションの契約を中止し,利用の多いタイトルの個別契約とペイパービュー(Pay Per View:PPV)を組み合わせるモデルに移行した.
  3. その結果,2011年の契約額は2007年と比較して40%減になった.(わーい)

ビッグディールとは?

知ってるひとは次節へ.

Elsevierのフリーダムコレクションはいわゆる「ビッグディール」と呼ばれる契約モデルのひとつです.同社のサイトには以下のようにあります.

エルゼビアのほぼすべてのタイトルへのアクセスを提供するライセンス形態です。コンプリート・コレクションのご契約機関が対象となり、購読されていないタイトル特別割引価格でアクセスすることができます。タイトルの一定規模以上の購読および購読規模の維持が前提となります。キャンセル後のアーカイブ権はありません。

実際に購読するEJの料金にプラスして比較的少額なアクセス料金を支払うことによって,購読してないものも含めた大量のタイトルのEJにアクセスできるようになる.そういった,タイトル当たりの単価を考えるとお得になるモデルです.

多くの大学が導入し,アクセス可能なタイトル数の激増や大学間の情報格差の是正というような恩恵に預かることができています.もちろんデメリットもあって,購読規模の維持を求められること+毎年値上がりすることによって契約額が年々つりあがっていくため,「いつまでビッグディールを維持できるのか」という問題が指摘され続いています.(参考:尾城孝一「JUSTICEの活動報告〜出版者交渉を中心に〜」

無理ならビッグディール切っちゃえばいいじゃんということになるのですが,一度手に入った大量タイトルへのアクセス環境はなかなか手放せないという事情もあるのでしょう.

ビッグディールから個別契約+PPVへの移行

まぁ,でも無理なら切るしかないべと思い切ったのがこの東邦大学メディアセンターの事例です.課題はコストダウンと利用者のアクセス環境のふたつをどう両立させるか.そこで登場するのがPPV(Elsevierでは「トランザクション」と呼ばれる)という,利用者が必要な論文だけを購入するという手段です.

PPV導入までの経緯をまとめてみます.

東邦大学のフリーダムコレクションの契約料金は,2006年時点で2002年と比べて86%増加(約2倍)しており,2007年には冊子体雑誌のキャンセルによってEJの料金が跳ね上がり,533%もの増加になっています.これはどうにも.大学経営陣からの指示もあって検討を開始.

EJの利用状況について調べてみると,2007年当時契約していた1431タイトルのうち,

  • 416タイトル(29%)は利用回数が0または1回.
  • 110タイトル(7.7%)で全体の利用の60%を占めている.

といういわゆる「80-20」に近い状況であることが分かりました.そこで,利用の多いもののうち59タイトル(2008年)は重要とみなして個別契約し,それ以外のタイトルはPPVで対応することにしました.加えて,一部の例外を除いて冊子体雑誌をキャンセルと.

PPVの料金は研究者個人ではなくメディアセンターで負担し,事前に1年分の料金を支払っておくプリペイド方式を取りました.当初の2008年と2009年にはプリペイド分を大幅に超過したため翌年度予算で支払うことになりましたが,「必要な論文だけダウンロードを」というメディアセンターの呼びかけの努力もあって,2010年はプリペイド内に収まりました.(※注:2010年にはElsevierからの提案でPPV単価をディスカウントしてもらった.)

また,PPVを利用する際には特別にID・PWを入力する必要がないようにし,リモートアクセス環境も提供するなど,利用者の便宜も図っています.

で,どうなった?

2007年の契約額と比較して,

  • 2008年:23%減
  • 2011年:40%減

とコストダウンに成功.また,PPVの利用率は

  • 2008年:タイトル契約55%,PPV 45%
  • 2011年:タイトル契約70%,PPV 30%

という感じで,当初は5割強:4割強という比率が続いていたのが,2011年にはPPVの比率が下がっていきました.このあたりは購読タイトルの見直しの効果があったのでしょう.トータルコストを下げるようにうまく見直していく手腕が問われるところです.

課題

コストダウンに成功して万歳というだけでなく,最後に以下の3点が課題が挙げられています.

  • 非購読タイトル(=PPVで利用するタイトル)はリンクリゾルバの対象外になってしまい,メディアセンターが理想とするシームレスな電子サービスが実現できてない.(※現在対応中.リンクリゾルバの中間窓にPPVで利用可能であることを示す予定.)
  • 利用統計を元にした購読タイトルの選定を効率化すること.
  • EJ提供元に「法人向けのPPVプラン」を提案して欲しい. 

まとめ

ビッグディールでざくっと契約するのではなく,本当に必要なタイトルだけを購読し,そんなに利用が多くないものはPPVで賄うことでトータルコストを下げることに成功したという事例でした.

この手法は他の大学図書館でも応用可能なんでしょうか.東邦大学は医学部・理学部・薬学部・看護学部からなり,学部生と大学院生を合わせて5000人程度という理系の中規模大学です(学生数).元EJ担当に聞いてみると,旧帝大のように学生数が数万単位の総合大学で同じ手法を使って成功するかどうかは分からない,もしかしたらビッグディールのほうが安上がりかも,ということでした.試算せず言ってるらしいのでなんともですが.

とはいえ検討に値する有効なモデルのひとつではあるんだろうと思います.英国のRLUKさんもこんなことやってたりしますし(と最後は権威に訴える).

補足

この事例報告を読んだあとに調べていて気になったのですが,こういったPPVの活用に関する事例報告でペーパーになっているものって少なそうです.事例がないのか,報告がないだけなのか.

そんな中,今回の事例報告では,

が参考文献として挙げられていました.

ちょい古いですが,ElsevierによるSD-21の無料提供終了に伴って,昭和薬科大学が2002年に(ビッグディールではなく)PPVを導入したという事例報告で,

  • 2002年にElsevierの冊子体雑誌を31タイトル→1タイトルと大胆に切った(1875万円カット)
  • SD-21導入時には年間1900件程度のダウンロード数だった
  • トランザクションの費用は「サイエンス・ダイレクト・コンテンツ料金」(ベース料金みたいなもの?)とダウンロードした各論文の費用(1本=22ドル)
  • トランザクション導入後は,2002年に744件(200万円.1ドル=122円),2003年に1382件(354万円.1ドル=116円)となった

という内容のものでした.