参加メモ:日文研フォーラム「春画を語る・語る春画 ー春画を西洋の大学で教える諸問題ー」
http://kasamashoin.jp/2013/08/270_2013920.html
午後に休みを取って日文研フォーラム「春画を語る・語る春画 ー春画を西洋の大学で教える諸問題ー」に行ってきました.
背景
ちょうどこの10月から大英博物館(British Museum)で春画をテーマにした展覧会“Shunga: sex and pleasure in Japanese art”が開催されます(図録).世界有数[*1][*2]の春画・艶本コレクションを誇る日文研からも資料の貸出が行われているそうです(その関係で @egamiday 先輩は英国に出張したとか……).
展覧会はその後日本にも巡回予定らしいんですが受け入れ先がなかなか決まらないという話もあります(→「春画:”江戸のクール”と”クールじゃない”今の日本」).このへんの経緯については春画展示研究会の趣旨文がわかりやすかったです(日本における春画研究の現状も確認できます).
そんな状況を眺めつつの参加です.
わたしは浮世絵全体に興味があるわけでも,ましてや知識があるわけでもないんですが,春画,というより(鈴木)春信[*3]のタッチが好きなんでしょうね.この『鞠と男女』とか.ぱっと見,どちらが男でどちらが女なのか分からないような感じ[*4]が良いです.
フォーラム概要
フォーラムのメインスピーカーはチューリッヒ大学教授/日文研外国人研究員のハンス・トムセン(Hans THOMSEN)さん.コメンテーターに京都清華大学特別研究員の鈴木堅弘さんと日文研准教授の佐野真由子さんの2名.前半1時間はトムセンさんの発表,後半は鈴木さんの発表と3人でディスカッションでした.
トムセンさんは日本語というか京都弁がお上手で,「言ってはって」とか「入れてくれはって」とかおっしゃるたびにちょっとほっこり.最後に佐野先生から紹介がありましたが,昔日本の古美術商に弟子入りして国際展開するような事業をしていたそうです.
参加者はお年寄りが9割ってところでしょうか(日文研フォーラムっていつもこう?).
メモ
以下,フォーラムで印象的に残った発言を,事後に調べたことも交えてまとめています.時系列順ではないのでコンテキストは壊れていると思ってください.また,わたしが聞き取りをミスっている場合がありますので,そのときはごめんなさい.
春画≠ポルノグラフィ
- 浮世絵全体の1/4が春画(トムセン)
- 春画は性を見せるだけのものではなく,いろいろな要素が含まれている(トムセン)
- 日本でも春画の教育は難しい.春画の「性」「物語」「風俗」という三要素を伝えるようにしている.これらは他の表現(戯画とか)でも共通して見られる(鈴木)
- 江戸の春画と明治の春画の違い.明治になると背景表現が失われて「性」だけになっていく傾向にある(鈴木)
- 西洋画にも春画に相当するものがたくさんあるが,日本のものほどは物語性や連続性がない(トムセン)
- 中国,韓国,インドにもある.中国は書き入れが少ない.また,中国は性器を小さく,日本は大きく描くという違いがある(鈴木)
- 春画を英語にするとしたらerotic pictureでは足りない.humorが必要(トムセン)
オリジナルの良さ
- オリジナルの春画は見ているとうっとりするくらきれい.性の部分を忘れてしまう(鈴木)
- オリジナルを見てもらうことが重要.出版物とはぜんぜん違う.そういう機会を作りたい(鈴木)
→とはいえオリジナルが見られる機会ってほとんどないんですよね……? 幸いにして京都には日文研と立命館という二大コレクションがあるようですが.
春画の難しさ
- 春画は一般の方に向けた展覧会や講演会をおこなうのが難しい素材だが,最近はタブーが開きかけ,議論がしやすくなってきている(佐野)
- 1990年までは日本でも春画を見せることが問題だった.現在でも展覧会を開くことも難しい.本は売ってるのに.西洋でも同様の問題がある.(トムセン)
- 森美術館のLOVE展で10枚ほど春画があった.黒いカーテンに覆われ,入るときに「18歳以上か?」と聞かれる.春画のなかの言葉については解説されていなかった.それは春画=ポルノという意識を強めるのでは(トムセン)
- 大英博物館の展覧会はスポンサーを探すのが大変で企画から10年かかった.西洋でも春画は隠されがちだけどこの展覧会の影響でこれから増えてくるかも(トムセン)
春画の教育
- 1998年,カンザス大学(カンザスは保守的なところで原理主義者も多いという)で浮世絵の授業を持つことになった.取り上げる回ではシラバスに「Please note. If you find erotic art offensive and choose not to attend the lecture, then you certainly are not required to do the readings.」と書いたが,実際にはいつもの倍くらいの学生がきた(トムセン)
- 2007年,シカゴ大学で院生と浮世絵研究のゼミを行った(個人コレクターの協力).展覧会の企画を美術館に持って行くとキュレーターには興味を持たれるも「うちではあかんなあ」と言われた.→なんとか“Love in Art: Eroticism in Japanese Print and Popular Culture”を開催.40点くらい展示して,春画のなかのことばも日本語と英語で書き添えた(トムセン)
- 実際に本物を見せることが大切(トムセン)
教育時の受容の男女差
春画を見せたときの反応として,
という発言が出て,いまの学生は女の子より男の子のほうが春画に抵抗ある?という話になりました.気持ち悪いっていうのは,男子は夢見すぎ(何に)という話だろうか…….
これは笑い話ですが,質疑応答で「奥さんと一緒にフォーラムに来ようとしたら『そんな男のひとばっかりのところに行けません』と言われたけど,実際に来てみると女性も少なくない」という方も.
佐野さんの
- 大英博物館の展覧会での来客の反応を記録するといろんなことが分かるかもしれない(佐野)
には頷きました.
春画研究者の少なさ
- 日本では戦前から研究が行われてきたがアカデミックな場で取り上げられてきたのは90年代以降(鈴木)
→春画というと早川聞多さんと白倉敬彦さんというイメージなのですが,CiNiiなどで調べてみてもそれほど多くのひとが研究しているわけではないんですね[*5].フォーラムでは林美一と渋井清という名前が出ていました.今回登壇された鈴木堅弘さんや,立命館の石上阿希さんが最前線の若手研究者という感じなのでしょうか.
CiNiiを繰っていたら,鈴木さんの「図像の数量分析からみる春画表現の多様性と特色--江戸春画には何が描かれてきたのか」という論文を見つけました.日文研のコレクションを対象に,何が描かれていたのか(性描写の有無とか,登場人物の年齢とか)を調査したもので,最終ページのグラフを見ているだけで面白いです.
春画の所在
図書館員的にはこのへんが気になるわけですが,フォーラムでは
という話がありました.あれこれ探してみたんですが,国内のオンラインツールとしてはこのふたつっきゃないという感じでしょうか.
- 日文研・艶本資料データベース(要・利用登録)
- 立命館・近世艶本総合データベース(2010年公開?)
立命館のデータベースについては構築を行った石上さんの「春画・艶本データベースの構築にむけて―その問題点と展望―」で概要を知ることができました.
日本では、立命館大学アート・リサーチセンター林美一コレクション、国際日本文化研究センター、日本浮世絵博物館、上田市立図書館花月文庫などの所蔵品を調査した。また、国外では、ホノルル美術館リチャード・レインコレクション、ボストン美術館、大英博物館、フランス国立図書館などで書誌調査を行った。これら国内外の調査によって、約 2000 点の資料情報を記録、書誌情報の目録化が終了している。
おわりに
春画が単なるポルノグラフィではない,というのが改めて面白かったです.画のなかの性描写ではない部分,あるいはそのまわりに書かれた和歌や台詞などが重要な意味を持っている.でもなんでそんなふうになっているんだろう…….むかし兵庫県立博物館の「ヴィクトリアン・ヌード展」を見に行ったときに「宗教画にすればヌードが堂々と描ける」というようなことを知ったのですが(うろ覚え),そういうのとはちょっと違うかなあ…….
フォーラムの帰り道に
今、浮世絵が面白い! 5 鈴木春信 (Gakken Mook)
- 作者: 白倉敬彦
- 出版社/メーカー: 学研パブリッシング
- 発売日: 2013/09/12
- メディア: ムック
- この商品を含むブログ (1件) を見る
*1:「現存する春画でめぼしいものは約1200点とみられる。そのうち日文研所蔵は360点(これらは電子化・公開されている)。あとの主要な所蔵者は、立命館、大英博物館、ホノルル美術館、イスラエルの個人所有者、以上5者でほぼ網羅。」 http://egamiday3.seesaa.net/article/300310308.html
*2:「その内容は質・量ともに世界一といわれている」 http://www.initiative.soken.ac.jp/journal_bunka/110329_suzuki/suzuki.pdf
*3:錦絵の創始者.
*4:むかしの芸術新潮で「ユニセックスの絵師」と称されたり.
*5:東京新聞記事でも「数少ない春画研究者の一人として」と表現されていました.転載ですが……→ http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/a3d98336030902732e8bc869bf8819d4